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[ここのせつめい。]

模型製作や旅行の備忘録から、日々の取るに足らない些末まで、何の脈絡もなく扱ってます。いちおう、メインは鉄道模型と国道巡り。

主に模型製作の記録やら、旅行の記録やらを扱っていますが、たまによく分かんない記事が挟まれることがございます(

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 いつの間にか秋も深まってきていろいろ辛い。

 なんやかんやで通年仕事が忙しいの、何とかなりませんかね><

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続いてきた道、続いていくはずの、道

「人は生きていると、前へ前へという気持ばかり急いて、どんどん大切なものを置き去りにしていくものでしょう。本当に正しいことというのは、一番初めの場所にあるのかもしれませんね」
――夏川草介「神様のカルテ」より 


 2016年、2月も下旬に差しかかろう、ある日。
 その丘から見渡せる海は、とても穏やかな表情に見えた。まだまだ厳冬の寒が沁みる頃とはいえ、昼下がりの日差しは幾分柔らかで、どこか“遠い春の気配”を伴うような気がしないでもない。
 少なくとも、その穏やかな波音からは、昔日の――もう、遠い日の事の様に感じてしまう――震災の事など、想像もつかないだろう。


 宮城県名取市閖上。

 地震が発生したのは14時46分、それから1時間近くが経過したその時、僕はまさに、閖上交差点の大渋滞に巻き込まれていた。
 通称、「閖上五差路」と呼ばれる、宮城県道10号線に交わるその交差点は、各方面から流入してくる交通と、震災による停電で交通麻痺の状態に陥っていた。
 地震発生時は仙台空港の海手側に居たところ、渋滞に揉まれながら何とかここまでやって来たものの、やがて全くという程身動きが取れなくなってしまった。
 石のようにだんまりを決め込んでしまったかのような目の前の車列。
 ラジオは「10mの津波が来ます!」と絶叫するが。
 果たしてどこまで逃げれば安全圏…なのだろう。

 予感。という程のものでもなかったけれど。
 果たしてこの場に留まっていていいものなのか。
 手をこまねいて災厄を待っているのではないか。
 もっと、逃げなきゃいけないんじゃないか…そんな、漠とした、予感。



 宮城県名取市閖上。
 この地で、津波によって1,000名以上の尊い命が奪われた。
 閖上地区の津波到達時刻は、15時50分頃であったと言われている。
 あと少し、判断を先延ばしにしていたら…


 震災直後の事は、いまでもよく覚えている。
 閖上の大渋滞に嵌っていた時に眺めていた、ゆっくりとした(記憶では、そんな印象がある)避難をしていた人たち。あの人たちは、無事に逃げ遂せたのだろうか。それとも…

 災害とは、時に無情なものだ。
 人の意思なんてお構いなしに、ある日突然やってくる。
 だから、災厄というのだろうけれども。

 震災の後、酷い光景、目を覆いたくなるような凄惨な現実、そこに交わる人間の狡猾さ、打算の見え隠れした善意…そんなものは掃いて捨てる程見掛けてきた。でも、それすらも、生きるための、生きていく為の、避けて通れぬ道なのかもしれぬ。



 閖上の集落があったところに、日和山という小高い丘がある。
 丘…と呼べるほどのものでもないけれど、周辺に目立った起伏もない平坦な地である。ここに登って景色を見渡すと、未だにあの日の事をまざまざと鮮明に思い出すのである。
 僕に出来ることなど限られているけれど。
 忘れ去られていく過去を、猛省をもって伝えていくことくらいしかできないかもしれないけれど。


 時おり、なぜ今の人生にしがみ付いているのか、漠とした疑念に駆られることがある。
 果たして、いま歩んでいる道は正しい道なのか。
 もっと他に、進むべき道があるんじゃないか。
 生きていれば、吐き気がする程嫌気の差すような出来事にも出くわすこともある。
 今よりもっと輝かしい、眩いくらいにさんざめく、そんな人生の選択肢があるんではないのか。
 もちろん、理性は分かっている…そんな幻想など、何処にもありはしないと。
 夢と現の区別もつかない、愚にもつかぬ愚かな迷いだと。

 忘れたい過去だってたくさんある。
 やり直したいあの日のあの瞬間など、星の数ほどあろう。
 けど、やり直しの利かない人生だからこそ。
 迷いばかりの岐路の連続だからこそ。
 生きていて良かったと思える、その瞬間もどこかにあるのだから。
 だから、

 あの日の記憶は、永遠に留めながら。
 「あの日死んでいたかもしれない」後ろ向きな考えは棄てて
 「あの日生き延びたからこそ」前向きに
 今日という日を、明日という道を、進んでいきたいと思うのです。



 5年という歳月は長いようでいて、残酷なくらい瞬く間に過ぎ去る。
 いずれ、あの災厄を知らない世代が街に溢れかえっていくことだろう。
 それは、残酷なことかもしれないけれど、希望を胸に刻んだ、真に輝かしい未来の姿なのだろう。

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 震災で被害に遭われた方へ、改めてご冥福をお祈り申し上げます。
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